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東京地方裁判所 平成3年(借チ)1082号 決定

申立人

金山長源

右代理人弁護士

佐々木満男

小林秀之

古田啓昌

相手方

大木のぶ子

右代理人弁護士

廣田尚久

市川正司

主文

本件申立てを却下する。

理由

一本件申立ての内容は、別紙のとおりであって、要するに、申立人が、相手方から賃借している東京都江東区白河二丁目六番一宅地255.26平方メートルのうちの一一九平方メートル(以下「本件借地」という。)と申立人所有の隣接地105.45平方メートルとに跨がって建てられている木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺二階建の作業所兼居宅一階146.27平方メートル、二階64.44平方メートル(以下「本件現存建物」という。)を取り壊した上、同所に鉄骨造一部鉄筋コンクリート造地上七階建の貸事務所・駐車場・住宅延床面積920.84平方メートル以下(以下「本件計画建物」という。)を増改築するについて、相手方の承諾に代わる許可の裁判を求める、というものである。

二しかし、金龍源(申立人の帰化前の氏名)と大木末吉(相手方の先代)との間で作成された昭和三五年六月二九日付け土地賃貸借契約公正証書には、賃貸借の目的を「木造建物敷地に使用する」ことのほか、「賃貸人の承諾を得ず賃借物の原状を変更しないこと」との条項はあるものの、申立人が対象として掲げる本件現存建物の増改築について賃貸人の承諾が必要であることを示す条項のあることは認められない。

申立人が建築を予定している本件計画建物は、鉄骨造一部鉄筋コンクリート造地上七階建のもので、その規模、構造からすると、建築に際しては本件借地の原状にも木造建物では考えられない相当な変更の加えられることが予想されるが、だからといって、右賃貸借契約公正証書にいう「賃貸人の承諾を得ず賃借物の原状を変更しないこと」の条項が、借地法八条の二第二項所定の「増改築を制限する旨の借地条件が存する場合」に当たるとはいえない。

ほかに、本件現存建物について増改築を制限する旨の約定があることを認めるべき資料はない。

三ところで、本件記録によれば、本件賃貸借契約については、昭和五七年二月一九日付けで、「申立人が相手方に対し金八五〇万円を支払うことを条件として、本件借地についての賃貸借契約の目的を堅固建物の所有を目的とするものに変更する。」旨の当裁判所の決定(以下「五七年決定」という。)がなされ、申立人は、右決定に従い、同年五月一九日に八五〇万円を支払ったが、当時予定していた鉄筋又は鉄骨造三階建工場を建築しないまま経過し、その後九年余を経過した時点で、右建築予定建物とは規模、構造、用途の大きく異なる本件計画建物を建築しようとしたことから、昭和五四年に本件借地に隣接する自己所有地に四階建の建物を建築している相手方(建物の所有名義は、相手方が取締役である大木有限会社となっている。)との間で、五七年決定の解釈や右建物の採光に対する影響(相手方の長男が右建物の三、四階で貸スタジオを経営している。)等を巡って深刻な対立が生じていることが認められる。

しかし、五七年決定は、本件賃貸借契約の目的を「木造建物敷地に使用する」ことから「堅固建物を所有する」ことに変更したものに止まり、右決定自体が本件現存建物についての増改築を制限する趣旨を含まないことは明らかである。もっとも、本件記録によれば、五七年決定は、申立人が本件現存建物を取り壊して本件借地に鉄筋又は鉄骨造三階建工場を建築する予定のもとで行った借地条件変更の申立てに対してされたもので、申立人が提示した右建築予定建物の規模、構造、用途が財産上の給付額を算定する資料の一つとして斟酌され、ひいては、それが借地条件を変更した五七年決定の内容となっていることが認められる。したがって、申立人は、後述するように、五七年決定に基づいては本件計画建物を建築することは認められないと解するのが相当であり、また、右建築予定建物に代えて本件計画建物を建築するについて已むを得ない事情の変更があったことも認められないから、借地法八条の二第二項所定の増改築許可の裁判によってはもちろん、事情変更を理由とする原裁判の取消、変更によっても、五七年決定の内容を変更する余地はない。

そうすると、五七年決定の当時に建築を予定されていた鉄筋又は鉄骨造三階建工場についての増改築の許可ということも問題とはならず、結局、本件の増改築許可の申立ては、増改築に対する制限の約定が存在しないのに申し立てたことになる。

四右のように、本件では、賃借物の原状変更に対する承諾が必要となることはあっても(もっとも、原状変更の態様、程度によっては、借地条件変更の裁判によってカバーされる場合もないではないと解される。)、増改築に対する承諾は、いかなる意味においても問題とはならない。増改築制限の特約の存否が不明という場合にも当たらない。

しかし、申立人が五七年決定に基づいて本件計画建物を建築し得るかどうかについては、更に別個の観点から検討することが必要である。なぜなら、申立人は、五七年決定に際しては、自ら鉄筋又は鉄骨造三階建工場を建築する予定であることを明示して申立てを行い、それが財産上の給付額の算定を通して条件変更の裁判の内容となっているからであり、また、本件計画建物は、本件借地の範囲を越えるいわゆる跨がり建物として建築することが予定されているからである。

以下、これらの点について検討する。

1  五七年決定における申立て及び裁判の内容について

(一)  本件記録によれば、申立人は、五七年決定に際しては、単純に堅固建物所有目的への変更を求めたとか、或いは、公法的規制の範囲内で最有効使用の建物の建築を予定していたというものではなく、鉄筋又は鉄骨造三階建工場を建築する予定であることを明らかにし、その建築確認も得た上で条件変更の申立てをしたことが認められる。

しかし、右当時から現在までの間に本件借地に関する公法的規制には変更がないことが認められるから、申立人としては、五七年決定当時においても、公法的には本件計画建物を建築することが可能であったことになる(申立人は、本件計画建物についてはまだ建築確認を得ていないと述べているが、後述する跨がり建物であることは別として、公法的規制の範囲内で認められる最有効使用の範囲を越えるものではないと認められる。)。それにもかかわらず、申立人が鉄筋又は鉄骨造三階建工場を建築することを明らかにして条件変更の申立てをしたことは、本件計画建物或いは最有効使用の建物よりも規模を縮小した建物を建築する意思を表明したもので、申立人は、条件変更後における賃借人としての権利行使の範囲を自らの意思で制限したことを意味するというべきである。

しかも、五七年決定は、無条件で条件変更を認めた訳ではなく、財産上の給付として八五〇万円を支払うことを条件としたものであって、八五〇万円の支払が条件変更を認めた裁判の不可分一体の内容となっているのである。そして、財産上の給付額を八五〇万円と算定するに当たって、五七年決定は、同額の鑑定意見を述べた鑑定委員会の意見を引用した上、「本件土地上の申立人所有の現存建物が老朽化していること、本件借地契約の残存期間、予定建築物の規模、構造、用途等を勘案すれば、妥当な金額である。」として、申立人が提示した建築予定建物を算定資料の一つとして斟酌しているのである。鑑定委員会が八五〇万円の鑑定意見を述べるに当たっても、申立人が提示した建築予定建物を建築した場合における本件借地の効用増と条件変更承諾料の更地価格に対する慣行的割合を根拠としていることは、当裁判所に職務上顕著なところである(この鑑定意見によれば、建築予定建物を建築した場合の効用増は、建物の規模に比例して大きくなる関係にあることが認められるから、七階建の本件計画建物を前提とした場合には、鑑定意見が前提とした三階建工場よりも効用増が大きくなることは明らかであるし、また、本件計画建物がいわゆる跨がり建物であることに基づく相手方の不利益を金銭的に見積もって財産上の給付額に加算する立場を採用したとすれば、その金額は、鑑定意見よりも相当に大きな金額になったであろうことが推認される。)。財産上の給付額を算定するに当たっては、より一般的に、条件変更がされると、賃貸借契約の存続期間が三〇年に延長され、底地に占める割合が高くなって賃借権の経済的価値が増大すること、或いは、賃借人としては公法的規制の範囲内で最有効使用の建物を建築することができることのみを斟酌する方法もないではないが、五七年決定及び鑑定意見のいずれも、このような方法は採用していない。

更に、五七年決定は、申立人と相手方のいずれからの不服申立てもなく確定したことが認められるが、相手方が既に本件借地に隣接する自己所有地に四階建の建物を建築していたこととの関連で見ると(ただし、貸スタジオの開業の有無は明らかでない。)、相手方が不服申立てをすることなく五七年決定を受け入れた事情として、申立人の提示した建築予定建物の規模、構造、用途が全く影響していないと断定することは困難である。

(二) 右に見たところによれば、五七年決定においては、堅固建物の規模、構造、用途を明示的に制限はしていないが、申立人が建築予定建物として提示した鉄筋又は鉄骨造三階建工場が財産上の給付額を算定する資料の一つとして斟酌され、ひいては、それが条件変更と不可分一体の内容となっているのであって、条件変更を認めた部分と財産上の給付に関する部分とを切り離すことはできないから、申立人は、五七年決定に基づいては、自ら提示した建築予定建物と規模、構造、用途の大きく異なる本件計画建物を建築することは認められないと解するのが相当である。前述した五七年決定における申立人の申立て、裁判の経過及びその内容に適合するばかりでなく、申立人が提示した建築予定建物が、条件変更後における自らの賃借権の行使にとって何らの制約とならず、逆に、財産上の給付額を低く押える手段として利用する結果となることは、禁反言の原則ないし賃貸借契約における信義則に照らして是認されるべきでないからである。

なお、申立人は、本件現存建物を取り壊して本件計画建物を増改築するについて、相手方の承諾に代わる裁判を求めながら、他方では、五七年決定が「賃貸借契約の目的を堅固建物の所有を目的とするものに変更する」というのみで、その主文において堅固建物の種類、構造を制限していないことを根拠として、本件賃貸借契約の目的は、五七年決定によって何らの制約も伴わずに堅固建物所有の目的に変更されたことになるから、当然に本件計画建物の建築も許容されると主張する。しかし、五七年決定がその主文において堅固建物の種類、構造を制限していないのは、申立人が建築予定建物として提示した鉄筋又は鉄骨造三階建工場の建築を認めても相手方の不利益とならないことから、特に右工場の建築に制限を加える必要がないと判断したためであって、何らの制約も伴わずに堅固建物の建築を認めた趣旨と解するのは正当でない。借地法八条の二第三項によれば、条件変更の裁判において堅固建物の種類、構造を制限することは、当事者間の利益の衡平を図るため必要がある場合に付随処分たる「相当の処分」の一種として認められるもので、右の必要がない場合には認められないことが明らかであるし、五七年決定が、申立人が建築予定建物として提示した鉄筋又は鉄骨造三階建工場を財産上の給付額を算定する資料の一つとして斟酌しつつ、その財産上の給付を条件とする借地条件の変更においては、建築予定建物と規模、構造、用途の大きく異なる本件計画建物或いは公法的規制以外の何らの制約も伴わない最有効使用の建物の建築を許容したと解することはできないからである。もとより、申立人が、実際には本件計画建物或いは最有効使用の建物の建築を予定しながら、財産上の給付額を低く押えるために鉄筋又は鉄骨造三階建工場を建築予定建物として提示し、五七年決定もこれを容認していたと認めるべき証拠はない。したがって、申立人の右主張は採用の限りでない。

(三)  ところで、賃貸借契約の目的を木造建物所有から堅固建物所有に変更する借地条件変更の裁判がされた場合の効果については、賃借人は、条件変更の裁判に基づいて、当該借地に関する公法的規制の範囲内で最有効使用の建物を建築することができるといわれることがある。しかし、右に述べたところによれば、賃借人が条件変更の裁判に基づいて最有効使用の建物の建築ができるためには、その裁判が、明示的に堅固建物の規模、構造、用途を限定していない場合であることが必要なのはもちろん、財産上の給付なしに無条件でされたか、又は、条件とされた財産上の給付額が最有効使用の建物の建築を前提として算定された場合であることが必要であって、本件のように、賃借人が最有効使用の建物よりも規模を縮小した建物の建築予定を明らかにして申立てを行い、それが財産上の給付額の算定資料となり、ひいて条件変更の裁判の内容となっている場合にまで認めるべきではないことになる。公法的規制といっても、防火や防災或いは都市計画などの公益上の必要から、建築される建物の種類、規模、構造等に一定の規制を加えることを目的とするもので、直接に敷地の利用契約である賃貸借契約の内容を規律する効力を有するものではないのに対し、条件変更の裁判は、もともと、賃貸借契約における当事者の協議に代わる機能を有するものであって(借地法八条の二第一項参照)、裁判の過程で賃借人が明らかにした建築予定建物の規模、構造、用途が条件変更の結果として認められる賃借人の権利行使の範囲に影響があり得るのは、賃貸借契約における信義則に照らして当然だからである。したがって、五七年決定の効果について前記のような解釈を採ったからといって、借地非訟事件の裁判の本質或いはその形成力と矛盾するものではない。

賃借人の中には、賃借地に関する公法的規制の関係で条件変更の申立てはするが小規模な個人用住宅の建築しか予定していないという場合も少なくないが、このような場合には、建築予定建物の規模、構造、用途を財産上の給付額の算定ひいては条件変更の裁判に反映させる必要が大きいことも、右の見方を裏付けるものである。

(四)  したがって、申立人は、たとえ、五七年決定に基づいて八五〇万円の財産上の給付を行い、改定された賃料の支払をしてきたとしても、五七年決定に基づいて本件計画建物を建築することは認められないものというべきである。

なお、右のように解すると、本件のように、条件変更の裁判を得た後に当初の予定建物とは異なる建物を建築しようとする場合の解決策が問題となるが、予定建物の変更が財産上の給付額を低く押える手段として利用されたような場合は別として、客観的な事情の変更にもかかわらず予定の変更を全く認めないというのは、逆に、賃借地の有効利用の観点から適当でない。そこで、新借地借家法のもとでは、申立人が提示した建築予定建物の規模、構造、用途を借地条件の制限に準ずるものと見て、同法一七条を類推適用することによって相手方との利益調整を図るのが実際的であり、賃貸借契約締結の目的及び条件変更の制度を認めた法律の趣旨に合致するのではないかと解される(条件変更の裁判に基づいて建築予定建物を建築した後にこれを取り壊して規模、構造、用途の異なる別個の建物を建築しようとする場合にも妥当し得る。)。この点は、今後の裁判例の推移を待たなければならないが、仮に右のような解決方法が可能であるとすれば、本件では、五七年決定において条件とされた財産上の給付額やその支払の事実をも勘案して、従前の建築予定建物からの規模、構造、用途の変更の是非及びそのための財産上の給付の要否及び金額について、改めて協議ないしこれに代わる裁判がされるべきことになろう。

2  いわゆる跨がり建物について

(一)  本件記録によれば、五七年決定の当時に建築を予定されていた鉄筋又は鉄骨造三階建工場は、本件借地のみを敷地とするもので、その建築面積は建築確認通知書によると九二平方メートルであったのに対し、本件計画建物は、本件借地とこれに隣接する申立人の所有地とに跨がる一棟の建物として建築することが予定されており、その建築面積も建設説明会用の資料では151.5平方メートルであって、本件借地の面積である一一九平方メートルを越えるいわゆる跨がり建物となることが認められる。

しかし、いわゆる跨がり建物は、賃貸借契約の終了に伴う地上建物の収去や買取請求或いは賃借権譲渡の場合における介入権の行使との関係で困難な問題を生じ、賃貸人に対して著しい不利益を与える可能性がある。特に本件計画建物の場合には、その規模、構造及び建築された場合の跨がりの状況からすると、賃貸借契約が賃料不払を理由として解除された場合でも、本件借地にかかる建物部分のみを収去することは事実上不可能となり、また、申立人が本件計画建物と共に本件借地についての賃借権を第三者に譲渡しようとする場合でも、相手方が介入権を行使して本件借地の更地による返還を受け或いは本件借地にかかる建物部分のみを取得することは事実上不可能という結果の生ずることが推認される。しかし、相手方としては、申立人に対し、本件借地の占有使用を受忍すべき賃貸借契約上の義務を負うのは当然としても、それ以上に右のような不利益まで甘受すべき義務はないから(賃料の不払や賃借権の譲渡は、申立人の意思或いは経済的能力に関わるが、一般論としては、何時の時点でも生起し得る事柄であるから、これによる相手方の不利益を看過することはできない。)、申立人は、本件借地の条件変更を認めた五七年決定に基づいてはもとより、本件賃貸借契約を根拠としても、跨がり建物たる本件計画建物を建築することは認められないと解するのが相当である。

もっとも、条件変更の裁判の過程でいわゆる跨がり建物の建築予定が明らかにされた場合には、これによる賃貸人の不利益を金銭的に見積もり財産上の給付額に加算する方法も考えられないことではなく、借地法八条の二第四項所定の「一切の事情」を考慮することによって、そのような取扱いをした事例もないではない。しかし、本件記録によれば、申立人は、五七年決定においては、いわゆる跨がり建物を建築する予定のあることは全く明らかにしていないため、鑑定委員会の鑑定意見及び条件変更を認めた裁判のいずれにおいても、一切の考慮がされていないことが認められる(ただし、本件計画建物の場合、その規模、構造及び跨がりの状況を勘案すると、いわゆる跨がり建物の建築によって相手方が被る不利益を金銭的に評価し財産上の給付額に加算することによって補填することができるかどうかは、相当に問題であると思われる。)。

(二)  なお、申立人は、本件現存建物そのものが本件借地と申立人の所有地とに跨がって建築されている旨を述べている。しかし、本件記録及び別紙添付の図面によると、本件現存建物は、跨がって建築されているとはいっても、二回にわたる増改築の結果そうなったもので、実質的には二棟の建物が一部分で接着しているにすぎないか、又は、その種類、構造からして容易に分離の可能な状況にあるものと認められる。

したがって、本件現存建物が本件借地と申立人の所有地とに跨がって建築されていることについて相手方から特に異議なく経過してきたとしても、木造建物と堅固建物とでは、賃貸借契約の終了に伴う収去や買取請求或いは賃借権譲渡の場合における介入権の行使において大きな差異があるから、申立人が本件賃貸借契約及びこれについての五七年決定に基づいて堅固建物たる本件計画建物をも跨がって建築し得ることにはならない。

(三)  したがって、申立人は、いわゆる跨がり建物の観点からしても、本件借地上に本件計画建物を建築することは認められないことになる。

五以上のとおりであって、本件申立ては、増改築に対する制限の約定がないのに、その制限の解除を求めるもので、申立ての前提を欠いており、また、五七年決定に基づいて本件計画建物を建築することは、いずれにせよ認められないから、これを不適法として却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官太田豊)

別紙

二 申立の趣旨

「申立人が別紙建築計画記載の増改築をすることを許可する」との裁判を求める。

三 借地権の目的の土地(以下「本件借地」という。)

左記土地の東部分約119.0平方メートル

所在地番 東京都江東区白河二丁目六番一

地目 宅地

地積 255.26平方メートル

四 借地契約の内容(以下「本件借地契約」という。)

1 契約締結の日 昭和二九年九月一五日

2 契約の種別 賃貸借契約

3 契約書の有無 あり

4 契約当事者

ア 現在の契約当事者

賃貸人 相手方

賃借人 申立人

イ 契約を締結した当事者

賃貸人 大木富五郎

賃借人 申立人

5 契約の目的 堅固な建物を所有する目的

6 増改築制限の特約の内容 なし

ただし、相手方は、後述のように、「鉄筋又は鉄骨造三階建工場」の限度を越える建物への改築は禁止されている旨を主張している。

7 存続期間 平成二四年五月一九日まで(あと二〇年五月間)

8 現在の賃料 昭和五七年六月以降月額三万〇二四〇円

(一平方メートル当たり約二五四円)

9 敷金その他の金銭の支払状況 敷金はなし。

ただし、後述のとおり、金八五〇万円を支払っている。

10 その他

本件借地契約は、もともとは、非堅固建物所有目的、月額賃料一万三〇〇〇円(昭和五五年四月以降)であったところ、本件土地付近は昭和四八年一一月二〇日に防火地域の指定を受け、また本件現存建物の老朽化も進行したため、関係方面から不燃建築物に改築するよう要請を受けるに至り、申立人は、鉄筋又は鉄骨造三階建工場に改築すべく、相手方に借地条件の変更を申し入れたが、相手方が一向にこれに応じようとしないので、やむなく、借地非訟手続きによることとし、その結果、東京地方裁判所昭和五五年(借チ)第五七号・同裁判所昭和五七年二月一九日民事第二二部決定(以下「五七年決定」という。)により、申立人が相手方に金八五〇万円を支払うことを条件として、右記のとおり借地条件の変更がなされたものである。なお、右決定主文は、「賃貸借契約の目的を堅固建物の所有を目的とするものに変更する」というものであり、右堅固建物の種類構造については何ら制限をしていない。また、申立人は、昭和五七年五月一九日、右八五〇万円を相手方に支払済みである。

五 現存する建物(以下「本件現存建物」という。)

所在 東京都江東区白河二丁目六番地一及び同六番地三

家屋番号 六番一の一

種類 作業所兼居宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺二階建

床面積

一階 146.27平方メートル

二階 64.44平方メートル

使用状況 自己使用中

六 申立の理由

次のような理由により、許可を求める増改築は、土地の通常の利用上相当なものである。

1 増改築の内容 別紙建築計画記載のとおりである。

2 周辺の土地の利用状況

本件土地の周辺は、後述のように近隣商業地域ないし準工業地域に指定されていることから、中高層の居宅兼用建物が多く、それらはいずれも不燃建物である。従って、本件土地周辺においては、本件計画建物程度の規模の建物の建築は極めて普通のことであり、本件計画建物の建築による隣地の建物の日照、通風、採光への影響は特に考えられない。

3 建築制限に関する地域、地区等の指定その他の事情

西側道路より二〇メートルまで 近隣商業地域(建ぺい率八〇%)

西側道路より二〇メートル以降 準工業地域(建ぺい率六〇%)

容積率 四〇〇%

防火地域

なお、建築確認については、後述のとおり、江東区建築条例に基づく建築説明会が相手方の反対によって開催できない状況にあるため、いまだ申請に至っていない。

七 増改築を必要とする事情

本件現存建物は、昭和二二年四月に木造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建工場として建築され、その後、昭和三四年一〇月及び昭和三八年三月の二回の増築を経て、現在の姿となった。ところが、本件土地付近は昭和四八年一一月二〇日に防火地域の指定を受け、また本件現存建物の老朽化も進行したため、関係方面から不燃建築物に改築するよう要請を受けるに至った。そこで、申立人は、前述のように、借地条件変更の申立をして、五七年決定によりこれを認められたが、諸般の事情により改築に着手できないで今日に至っている。しかし、五七年決定の後さらに一〇年近くが経過し、本件現存建物の老朽化は相当に進行して、一部では床が湾曲し、あるいは支柱が必要になる等、かなり危険な状態となり、その改築は一刻を争う事態となった。そこで、申立人は、別紙建築計画記載の改築を計画した次第である。

八 申立前にした当事者間の協議の概要

1 申立人の言い分

本件借地契約の目的は、五七年決定により、何らの制約も伴わずに堅固建物所有目的に変更されたのであり、相手方の主張するような改築を制限する特約が付されたわけではない。従って、別紙建築計画記載の改築は、前述のとおり、五七年決定により変更された本件借地契約の下で当然に許容されるものであり、相手方には右改築に反対する適法な理由は存在しない。

2 相手方の言い分

五七年決定によって変更された借地条件は、「鉄筋又は鉄骨造三階建工場」の建築を許容するものにすぎず、右の限度を越える建物への改築は禁止されている。従って、別紙建築計画記載の改築は、本件借地契約における増改築制限の特約に違反しており、許容されない。

3 本申立に至る経過

相手方は、本件借地周辺に数筆の土地を所有し、これを申立人以外の者に賃貸している大地主であるが、右本件借地以外の借地に関しても、借地人の増改築、借地権の譲渡等にことごとく反対して、借地人を困惑させている。

本件についても、申立人は、本件計画建物への改築に関して相手方に事情を説明すべく、相手方との協議を試みてきたが、相手方は自己の立場を頑なに主張するばかりで、申立人の説明には一切耳を貸そうとしなかった。

申立人が、「東京都江東区中高層建築物の建築に係る紛争の予防と調整に関する条例(昭和五三年江東区条例第三三号)」(以下「江東区建築条例という。)五条一項及び江東区建築条例施行規則(昭和五四年江東区規則第七号)三条一項の規定に従って、平成三年九月三日午後二時ころ、本件現存建物の工場入口付近に「建築計画のお知らせ」と題する標識看板を掲示した際にも、その日の夕方頃、相手方の息子ら二名(あきお及びくにお)が申立人宅を訪れ、応対に出た申立人夫婦に対し、「ばかやろう」「三階建てしか許さないぞ」「七階建てとはどういうことだ」「看板をおろせ」等と罵詈雑言を浴びせかけ、あきおは、さらに、同月五日、本件計画建物の設計を担当している環境設計研究室建築部の田村尚之氏に電話をかけ、「条件が違う」「許可した覚えはない」「詐欺だぞ」等と強い口調で同氏を論難し、株式会社福子工務店に対しても、「説明に来い」等と申し向けて、本件改築を阻止する姿勢を露わにした。

申立人は、かかる相手方らの姿勢に不安を覚えつつも、本件現存建物が老朽化して危険な状態にあり、その取壊し業者の手配も完了し、融資の段取りも終了していたことから、本件改築の準備を進めることとし、江東区建築条例六条一項の規定に従って、近隣関係住民に対する建築説明会を同年一〇月二日午後七時から江東区青年館並区民会館洋室において開催するべく、同条例施行規則九条一項の規定に従って、平成三年九月二〇日ころ、その旨の案内状を近隣の約二〇戸に配布した。ところが、相手方らは、申立人に対し、「どうしても強硬に建築するつもりか」等と右建築説明会の開催を激しく論難したうえ、あえて建築説明会を開催したあかつきには、いかなる実力行使をしてこれを妨害するかも知れない気勢を示すに至り、申立人としても、建築説明会の開催を断念せざるを得ない状況に追い込まれた。

ことここに至って、申立人としては、もはや、借地非訟によって増改築の許可を得る以外にないと考え、本申立に及ぶものである。

別紙建物図面各階平面図〈省略〉

別紙建築計画

現在、本件借地及び申立人所有に係る東京都江東区白河二丁目六番三の宅地(地積105.45平方メートル、以下「本件所有地」という。)上に別添建物図面のとおりまたがって建てられている本件現存建物を取り壊した上、同所に左記建物(「本件計画建物」という。)を建築する。

名称 (仮称)金山ビル(未登記)

所在 東京都江東区白河二丁目六番地一及び同六番地三

種類 貸事務所・駐車場・住宅

構造 鉄骨造一部鉄筋コンクリート造地上七階建

床面積 延べ920.84平方メートル以下

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